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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
狂ったように互いの名を呼びつづける男と女は、ときおり女の肩越しに唇を貪り合っているようだった。潤に見えるのは男の頭部だけだったが、かすかに聞こえてきた荒い鼻息と、ぬちゃぬちゃと舌を絡める接吻音がそれを証明していた。
――菊池さんよ。私に知らせたのは。
女将の言葉と、それを受けた夫の表情が、すでに彼らの関係を暗示していたのかもしれない。圧倒的な貪淫に満ちた光景を目の当たりにして、ようやく気づいた。
屋敷から表へ出ると、潤は除雪された道をぼんやりと歩いた。ときおり通り過ぎる車や観光客を避けるように、温泉街のはずれを目指した。
――あああっ、誠二郎……っ!
――美代子……ううっ、美代子!
いくら野島屋から離れても、あの二人の声、あの二人の音が追いかけてくる。逃げても、逃げても。