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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
歩みを遅くしようとも、心臓は激しく乱打している。息が苦しい。胸に手を当てて呼吸を整えようと努めたが、意図せず喉がひくついた。
暗雲が垂れ込めるように、どんよりとした疑念が全身に漂う。
あれほどよくしてくれていた彼女が、いったいなんの目的で夫との蜜事に走ったのか。夫の名を呼ぶその声は、そうなることが彼女の本懐だと示すように、切実な求愛に満ちていた。
夫も、彼女を求めていた。それはまぎれもなく、想い合う男女の交わりだった。
狭い世界に身を置きながら、もっとも近い場所にひそむ秘事すら見つけられなかった。夫の変化を嘆きはしても、姦淫を疑うなど考えたこともなかったのだ。
――すぐ元に戻るよ。子供ができれば。
そう言い放った男の残酷な目が甦る。
どんなに無慈悲な方法だろうと、身勝手な動機だろうと、夫はたしかに子を望んでいた。にもかかわらず、そのあと別の女を抱いた。