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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
わずかに残った雪でぬかるむ日陰の道に、大粒のしずくがいくつも落ちては溶けてゆく。
嗚咽しながら、潤はふと思った。藤田は一連の経緯を知っていたのだろうか。
彼は、はじめから好意的な人だった。心の隙間にするりと入ってきて、強引なはずなのにそれを感じさせない絶対的な穏やかさがあった。
だから気づかなかった。一度や二度会っただけの女にあんなにも熱く激しいものを与えようとしてきたのは、なにか理由があるのではないか。考えてみれば、あれほどの人が自分のような平凡な女に心身を曝け出そうとするはずがないのだ。
夫と彼女の情交によってすべてが信じられなくなった今、藤田の存在もこうなるための計画の一部に過ぎなかったのではと思えてくる。女将もそうだ。しきりに野島屋から離れさせようとしてきた。
虎視眈々と、彼らはこの機会を狙っていたのだろうか。