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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
地方の田舎に住んでいた頃の話だ。
五歳の夏だった。これからは父や祖父母と離れて東京で暮らすのだと母から言い聞かされた翌日、潤は二つ年上の姉と一緒に家出をした。
平日の午後。父は仕事、祖父母は老人会の集まり、母は引越しの荷造りや片付けに忙しそうだった。小学校と幼稚園は夏休みで、姉妹はいつものように二人でごっこ遊びをしていた。
活発な姉の提案に一抹の不安を覚えながらも、従順な妹はそれに賛同した。リュックの中にお菓子や水筒、ハンカチにティッシュ、一番大切にしていた人形を詰め込むと、母の目に入る間は怪しまれないよう縁側の外で遠足ごっこをしながら様子を窺い、母が二階へ上がるのを見計らって家の裏手に回った。
畑を突っ切って砂利道に出ると、しばらく必死に走った。疲れたら、青田風の吹き抜ける細い畦道で、長く伸びた稲に隠れるように身をかがめて水筒のお茶を飲んだ。冒険者になったような高揚感と、もう二度と帰ることができないのではないかという恐怖が、小さな胸の鼓動をいっそう速めた。