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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
「潤……」
敬称をつけて呼ぶことをやめた彼の声は、優しさを残しつつもどこか無神経ともとれる猛々しさを孕み、静かに反抗心を煽った。
「そんなふうに呼ばないで」
ぽつりと呟き、潤は心の中で藤田を責める。
――私を拒んだくせに。
吐く息が震え、涙は次々と溢れてくる。堰き止めていた想いとともに。
「どうして私に近づいたの」
湿った布越しに硬い胸板をこぶしで押し、疑念をぶつけると、困惑した表情で見つめられた。
「どうして、ずっと騙していたの……っ」
今度はこぶしを弱々しく叩きつけながら言い放つ。
眉をひそめた藤田が、「違う」と重い声を落とした。
「騙してなんかいない」
強い語勢で言い切ったあと、彼は苦しげにうなだれた。