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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
「俺は……」
打ちひしがれたような声でいつもと違う自称を口にし、ふたたびこちらを見据えた男は、藤田千秋ではなく、藤田昭俊でもなく、まったく別の男の目をしていた。
惑わされ、放心する。その隙に抱き寄せられ、濡れた布を隔てて熱い身体が密着した。思わずその胸を押し返そうと力むと、それを阻むようにさらにきつく抱きすくめられる。
「俺は、ずっと……」
耳元で囁いたその唇は、耳たぶを食み、頬を撫で、鼻を下りてくる。
唇と唇がそっと触れ合ったとき、その感触のあまりの優しさに全身の力が抜けた。包み込むような口づけに、じわじわと視界がぼやけ、頬をあたたかなものが伝い落ちる。
広く厚い背中に腕を回して強く抱き返し、潤は静かにまぶたを下ろした。
言葉なく吐露される真情を、一滴もこぼさず感じ取ることができるように。