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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
唇を重ねるだけの甘やかなキスが止み、そっとまぶたを上げる。視線が交わると微苦笑を返され、頬に流れる涙を指で拭われた。
「ごめん」
呟いて身体を離した藤田が、湯船に目をやった。
「熱めに入れたからちょうどよくなっていると思う。ゆっくり浸かって」
立ち上がった彼は水浸しの格好のまま浴室の戸に足を向けた。
寒い脱衣所で濡れた服を着替えるのだろうか。冷えた身体を温めもせずに……。そう思ったときには自然と身体が動いていた。
「待って」
絶頂の余韻を引く足を力なく踏み出し、戸に手をかけた猫背な後ろ姿にゆらりと歩み寄った。
濡れて張りついたインナーが筋肉質な背中を浮き彫りにしている。そっと触れると、その身体が一瞬こわばった。
「風邪をひいてしまいます。……ですから、一緒に入ってください」
戸から離れない大きな手に指を伸ばし、遠慮がちに掴む。すると弱く息を噴き出す音が聞こえ、その手は諦めたように垂れ下がった。
「……あなたは優しすぎるんだ」
悲痛な声。振り向いたその顔は泣きそうな笑みを浮かべていて、潤をさらなる深みに踏み込ませるには充分だった。