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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
熱い湯船の隅で膝を抱え、壁とにらめっこをしながら待っていると、背後で水面を割る音がして湯が揺れた。
身体を洗い終えた彼が入ってきた。そう認識するより先に、肩まである湯が一気に水かさを増して浴槽から勢いよく溢れ出した。藤田が湯船に身を沈めたのだ。
狭い浴槽。大人が二人で入れば接触は避けられない。腰に当たる彼の脚がわずかに動くだけで妙な反応をしそうになる。
「……ふふ」
柔らかな笑い声が耳に届き、潤は背をひねって後ろを向いた。腕にすね毛がふわりと掠め、それに気づいた藤田がすまなそうに眉を下げる。
「二人で入ることは想定していなかったから」
ひたいに垂れる前髪からしたたる水が煩わしいのか、彼は髪を雑にかき上げた。浴槽のふちに片腕をかけて寛ぐたくましい身体は熱い湯に濡れて火照り、男の色香を漂わせる。
目のやり場に困り、潤は前を向きなおして自身の膝をじっと見つめる。
「……もったいないですね、お湯」
「構いません」
そう答えた彼の言葉遣いは元に戻っている。無意識なのか、それとも心の壁をこれ以上越えさせないための警告だろうか。