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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨
その満面の笑みは、あのときの激しい高揚感を潤の中に甦らせた。膝の上で組んだ両手をきつく握り、滲み出してくる想いを声に乗せる。
「私、そこで自分の名前を見つけて……もちろん私のことではないとわかっているのですが、とても感動しました。本当の自分が、そこにいる気がして」
「自分の名前……」
呟いた藤田は睫毛を伏せて数回まばたきしたあと、ふたたび視線を戻してこう言った。
「潤、ですか」
「……っ」
作品の名前だとわかってはいるが、潤はまるで自分が呼ばれたように錯覚して反応の仕方に一瞬迷い、ぎこちなく首を縦に動かした。
「私、先生の書に一目惚れしたんです」
「…………」
藤田は、茫然自失となったように黙っている。
「先生……」
決して愛の告白ではない。だが藤田の作品にどうしようもなく惹かれたのは、それを創り上げた藤田本人の人間性に無意識の領域で共感していたから、ということにほかならない。それはときに、純粋な愛の言葉よりも好意を伝えてしまうのかもしれない。