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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨
◇◇◇
「見て。よく書けているでしょう?」
ふだんは感情をあまり表に出さない妻が、化粧を落としても綺麗な素顔の上にわざとらしい得意げな表情を被せ、『初志貫徹』と書かれた自身の書を掲げてみせた。
彼女がこうして明るく振る舞うときは、たいがい本心をまったく別の場所に隠している。それは三ヵ月ほど前から顕著になった。
こっちはそれどころではないというのに、煩わしい。そう思いながら、誠二郎は畳に敷かれた布団に身を忍ばせた。
「ああ、いいんじゃない。それよりどうだった、イケメン書道家のレッスンは」
気づけば皮肉を込めた言い方になってしまった。案の定、潤は努めて装っていた愉しい気分を一瞬で台無しにされたとでも言いたげな表情を浮かべた。今夜はめずらしく喜怒哀楽が激しいようだ。
「イケメン書道家?」
「だってそうなんだろ。美代子さんが言ってた」
「……別に普通」
そっけなく答えて薄い桜色のパジャマの背を向けた彼女は、壁際にある鏡台の上に書を大事そうに置いた。
額にでも入れて飾る気だろうか。呑気なものだ。そう思ったらだんだん腹が煮えてきた。