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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨
「なあ、どんな人だったの、藤田千秋」
しつこく話を続けようとすると、潤は振り返り訝しげに見つめてくる。ここ一ヵ月近く、寝床に入れば会話もそこそこにして眠ってしまうことがほとんどだった夫が、急にほかの男の話を振ってきたのだから、うんざりするのは当然かもしれない。
誠二郎の隣に並ぶ布団の向こうに膝を落とした潤は、長い艶髪を白く細い指で撫でつけながら片側に寄せ、さくらんぼのように小さな唇をひらいた。
「どうしてそんなに気にするの」
「別に深い意味なんてない。君こそどうしてそんなに警戒するんだよ」
思わず語気を強めると、照明の引き紐を掴もうと腰を上げかけていた潤がふと動きを止め、膝立ちのまま視線を泳がせる。やがてその瞳が哀しげに曇った。
「……誠二郎さん、やっぱりこっちに帰ってきてから人が変わったみたい」
「なに言ってるんだ。なにも変わらないよ、俺は」
変わったのはお前だろう、と口走りそうになり、誠二郎は唇を結んだ。