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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
「それはわかってるから。今はそんな話をしているわけじゃない」
「…………」
「頼んだよ。いいね」
誠二郎は声を低くして念を押すと、潤の返事を待たずに廊下を歩いていってしまった。
有無を言わせない態度に圧倒され、潤はなぜ突然自分が宴会場の手伝いをさせられるのか訊くことができなかった。
誠二郎はあきらかに変わった。以前のような頼りない印象は薄れ、強引で厳格な印象が強くなった。老舗旅館を守っていく責任者としてはたしかにそれでよいのかもしれないが、潤にとってはただ無神経になっただけのように思えた。
「戦力外……」
消え入りそうな声で呟き、夫から投げられた言葉をもう一度自分の心に受け止める。
役立たず――そう言われているような気がして、帯で締められている胸回りがやけに窮屈に感じた。