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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
別棟二階の宴会場は、すでに内務係によってセッティングが進められていた。檜舞台付きの開放的な和室空間には、おそらく五十を超える数の膳が恐ろしいくらいに整然と並んでいる。やがてここに客が入り、料理が運ばれる頃には厨房が戦場と化すだろう。
まずは少しでも宴会の内容を把握しようと思い、潤は忙しそうに動きまわる幾人もの内務係を眺め、いくらか心に余裕のありそうな雰囲気を醸し出す年配の女性に声をかけてみることにした。
まんじゅうのように丸い笑顔が印象的な彼女の顔と名前を一致させるため、記憶を辿る。
「あの人は……高橋さんよね」
ぼそりと呟く口元を手で隠しながら、潤は一歩踏み出した。それに気づいたのかこちらを向いた彼女は、意外そうな表情を浮かべながら足早に歩み寄ってくる。