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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
「若奥様、どうなさいましたか」
「あの、高橋さん。今日の宴会にいらっしゃるのはどのような方ですか」
尋ねながら、若旦那の妻ならそれくらいのことは知っていて当然だろう、と潤は思った。改めて自身の意識の低さと至らなさを痛感する。
そのとき高橋が、はっとなにかに気づいたように潤から視線を外した。それとほぼ同時に、潤の背後からは冷たい声が聞こえた。
「本日いらっしゃるのは、書道連盟の役員様と、このあたりの地域で活動されている会員の皆様です」
「え……」
書道連盟という聞き慣れない言葉に反応した潤が振り向いた先には、焦茶色の上品な着物姿の女将が立っていた。
来年六十になるその立ち姿はまさに一級品で、彼女がそこに佇んでいるだけで厳粛な儀式でも始まるのかと勘違いしてしまうほど、周りの人間も身が引き締まる思いがする。