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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪

「高橋さん、いいわよ」

 女将の言葉に軽く会釈を返した高橋は、そそくさと退散していった。
 すがるような気持ちでそれを見送る潤の正面に立った女将は、きりりとした鋭い視線で潤の姿を上から下までひと撫でした。髪はきっちりと結えているか、化粧は濃すぎないか、着物は着崩れていないかなどを確認するためだ。それが済むと、「潤さん」と一言呟いて少し間を置き、威厳のある声で続けた。

「ここでなにをしているのです」
「え、あの」
「あなたには客室係を任せているはずです。菊池さんはどうしたの」
「……誠二郎さんに、私だけこちらを手伝えと言われまして」

 正直に打ち明けると、女将はさきほどの誠二郎と同じように眉間に皺を寄せて不快感を露わにした。

「そのようなことは聞いていません。まず私に確認しなさい」

 女将は決して言葉遣いを乱さずに語気を荒げた。

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