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官能書道/筆おろし
第1章 長鋒
そんな澄夫に、涼子は穏やかに微笑む。
もう一度、机に向かい、おろしたての筆を一本取ると、硯の墨を軽く含ませる。
新しい半紙を出して、おろし具合を試すようにササッと一文を書いた。
――骸垢《がいこう》想浴《そうよく》 執熱《しつねつ》願涼《がんりょう》
からだ汚れて水浴び望む
熱さをとりて涼しさ願う
千字文《せんじもん》にある句である。
千字文は漢字の基本千文字を重複させないで創った韻文で、梁の文官、周興嗣《しゅうこうし》が創ったとされる。
四字二行で一句をなし、句尾は八字ごとに韻を踏む。
日本のいろは歌と同じように、字の教習に使われることが多い。
「うん、まあまあかな。澄夫くんはどう思う?」
「涼泉先生の書はいつ見ても素敵です」
本心だった。
流れるような筆致は勢いを失うことなく走り、線の剛柔、かすれ具合は溜息が洩れるほどである。
このまま、作品として通用しそうだった。