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姦譎の華
第22章 22
 まだギリギリ笑顔を保つことができていた愛紗実だったが、男を見ていられなくなり、窓外へと目線を移した。

 タクシーは鉄道の高架手前の信号で停止していた。右手は駅、左手は繁華街、間を無数の人々が往き来している。横断歩道には別のタクシーがハザードを焚いて駐まっていた。後方へ向けた電光掲示は支払中、渡る人にかなりの迷惑をかけている。

(あ、れ……)

 先に降りて待っている男たちに見憶えがあった。
 誰だったか、すぐには思い出せない。

 しかし、支払いを終えて最後に降り立ったのは──

「ね、愛紗実ちゃ……」
「すみません、運転手さん、降ります!」

 ガラスを叩いて前へ伝えると、小声でも何やら揉めているなと気づいていたのか、すぐに車を路肩へ寄せてくれた。こういう時は若くて可愛らしい女のほうが、無条件に味方をしてもらえるから助かる。

「ちょっ、愛紗実ちゃん」
「ごめんなさい。急用思い出したので、ここで失礼しますね」
「えっ。あ、運転手さん、俺もここで降り……」

 愛紗実は絶えず三人を横目で追っていた。駅には……向かわない。左手の路地へと消えていこうとしている。モタモタしていられなかった。

「あんまり仲良くしちゃって奥さんにバレたらコワいんで。もしかしたらうっかりバラしちゃうかもしれないですけど」

 早口に言って財布を出そうとしていた男を固まらせ、愛紗実はタクシーを離れた。

 金曜日だから多くの人が歩道にいた。ガハハとご機嫌にヨタついていたサラリーマンたちが、肩を叩き合ってすれ違う自分へと目を向けてくる。周囲にある店は彼らのお財布に優しそうな店ばかり。そんな界隈を、小綺麗な淡色のコートを着た女がヒールを鳴らして走っているのだから、人の目を引いてしまうのも無理はなかった。
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