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自由という欠落
第6章 もつれていく
「まひる……?」
半個室の宴席で、にわかにのはながつぶらな黒目をまひるに向けた。
イタリアンのアラカルトやメインディッシュを一通り賞翫した頃には、上級生らのほとんどが酔い潰れていた。五ヶ月前の新入生歓迎会に引き続き、一歩も店員の目を盗んで、目の下を赤く染めている。
そうした中、のはなの声が壁の外側からも内側からも鳴り響くざわめきを縫うようにして、まひるの耳に触れたのだ。
「え?」
「…………」
「のはなまで酔った?」
「私は、飲んでないわ」
「うん、知ってる」
まひるは、のはなのウエストを寄せた。彼女と同じで、酩酊ではない。ただ周囲の大音量に抗ってまで、酒を飲んでいない人間同士が会話するには、多少の距離が妨げなのだ。
まるで抵抗しないのはなは、むしろすり寄ってきた。まひると同じで、声を張り上げたくなかったらしい。
「大丈夫?」
「え?」
「うーん、普段よりテンション低いなって。疲れた?」
長い睫毛にピンク色のアイシャドウ。花のような目許の中で煌く瞳は、まひるをしかと捉えていた。高級な黒曜石の色だ。それでいて無垢で、人間の手になど触れられない星屑。
まひるは海老煎餅を割って、欠片を口に含んだ。のはなの指が、残った欠片を拾い上げた。聴き心地の良い咀嚼音が、すぐ傍らで鳴り出す。
のはなこそ、まひるには読み解けない顔を垣間見せるくせに。時折、信じられないほど大人びた顔を伏せて、無色の悲しみを仄めかすくせに。
「のはなこそ大丈夫?」
「…………」
何が、とは、返ってこなかった。
実のところは大したものを抱えていない人間は、何が、と、高い確率で問い返してくる。そうした説を、まひるはどこかで聞いたことがある。