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自由という欠落
第1章 がらんどうな方程式
そこにいたのは、彼女こそ天上から迷い込んできた類の容姿をした少女だった。
暮橋と同じ、白いブラウスに紺色のブレザーを重ねて、ボックスプリーツのスカートは膝小僧が隠れる着丈。学校指定のくるぶしソックスに白い上靴という、公立の学校にしてはあまりに謹厳な一式を、一点の緩怠もなく着用している。従順は暮橋にも当てはまるが、裏庭の隅で彼女と肩を並べたその少女がとりわけYをはっとさせたのは、それだけしかつめらしい出で立ちにも関わらず、まるで野暮ったさがなかったからだ。
ふと、羨望がYをすり抜けていった。
少女の濡れた艶が白金の輪を被せる黒髪は、きっと少しの抗いもなく暮橋の細い指を通す。懐こい顔には暮橋ほどの明朗さはない代わりに、神秘的な輝きがある。白い頬は化粧もしないで薔薇を垂らしたミルクの色、愛しか知悉しない瞳は濃く長い睫毛の下で、親しい上級生に完膚なきまでの微笑みを向けている。鞄より重量のあるものを担いだことなどなかろう肩はなよらかで、けだし暮橋に抱き寄せられるために存在している。
羨望は瞬く間に得心になった。
名前も知らない華やかな少女。否、知っている。美化委員の一年生だ。学校生活に慣れないこの学年の生徒らは、滅多に発言しないから、教師の印象に残りにくい。
それにしても彼女の名前を思い出すなり、Yは今後の教師としての自分の器量を危ぶんだ。こうまで忘れ難くなるような生徒を定期的に見かけていたくせに、すみやかに名前を思い出せなかったとは。…………
幼い美少女は、教師らの寵児に釣り合っていた。
男子生徒、女子生徒間の、不純異性交遊を禁ずる。
女子生徒である彼女らが、校内の木陰に潜んで唇を重ねていたところで、Yに校則違反を咎める権限はない。無垢で無知な指を絡めて。