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人工快楽
第1章 香苗と真央
 しかし、そんなお母様も次第に壊れて行ってしまった。

 いえ、壊れたという表現は適切ではない。

 ステージが上がったっ言うべきか、快楽に対するベクトルの強さが変化したと言うべきか。

 方向性は間違ってはいないのだから。

 強すぎる快楽を無意識のうちに本能のまま貪る被虐者にとって、行き着くところまで行ってしまっただけだった。

 その頃のお母様は、わたしから受ける快楽だけでは物足りなくなっていて、さらなる被虐快楽を自傷に求めるようになっていた。

 脳内で痛覚を認識せず、全身にあるべき痛みという信号は全て快楽信号としてしか伝達しなくなっていたお母様にとって、それは当然の成り行きだった。

 霧島祐介がお母様から距離を置くようになったのも、痛みという快楽を享受することに対して次第にエスカレートするお母様に恐怖を感じてしまったからだ。

 もうそれはSMとかプレイという次元のものではなく、拷問ですらない域にまで達していた。

 例えるなら前時代、公開処刑で皮膚や肉を刃物で削ぎ落とされているにも関わらず、鎮痛のために打たれた薬物によって痛みが書き換えられて快楽と幸福感に満たされた受刑者のようなもの。

 さらには執行する処刑人や見守る見物人は、狂気と恐怖の先にある精神が解放された後の生本来の快楽に身を委ねる。

 お母様が受刑者として完璧に快楽の中にあるにも関わらず、霧島祐介は執行人や見物人にはなれなかっただけでしかない。

 それほどまでにお母様の被虐嗜好の特性は完璧だった。

 彼は気づくのが遅すぎた。

 ある日、部屋の隅でしゃがみ込んだままお母様は右手の爪を左手で一枚づつ剥がしていた。

 その度に脳が痺れる快楽に酔い、陶酔しながら血が滴る傷口を愛撫する。

 じくじくとした痛みは神経から脳へ伝達されるまでに快楽へと変換される。

 お母様はだらしなく半開きになった口元から、快楽にとろけた呻き声を零してだらだらと涎を垂らせ、爪を剥いだ血塗れの指を美味しそうに舐めていた。

 やがて、手足合わせて二十枚の爪を全て剥がしてまった彼女の興味は、次に眼球へと移っていった。
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