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人工快楽
第1章 香苗と真央
 ただ単にSMと呼ばれる性的行為の一手段であり、それら全般を含めた意味でのセックス中毒、ないし依存症なだけだった。

 それでも世間一般から見ればそれはそれで十分に性的に狂っている状態であり、まともではないのだろう。

 SM行為に没頭し、それ以外には自分自身を維持し誇示し続ける方法がないと思い込み疑わなかった男。

 自己暗示よりもたちが悪いがその点のみで断定するのなら、彼は彼なりに性的に狂っていたのだと僅かながらに思わなくもない。

 だからあえて彼は狂っていた、とわたしは言う。

 狂ってはいたがそれは断じて狂気などではなく、自らの自己顕示欲を誇示し維持するためだけの性行為に没頭せざるを得なかった憐れさでしかない。

 わたしが知る狂気とは、決して理性的でも哲学的でもなく、図られて至るものでもなければ、外部からの刺激や自己内からの気付きによって至るものでもない。

 生まれながらにして深淵を遺伝子にまで刻まれた者だけに許される特権だ。

 今から十五年前、加虐性欲を自らの性的嗜好と思い込んで止まない霧島祐介の元に、性玩具としてしか生きる価値のない女と言われた被虐性欲の塊だった少女が連れてこられた。

  彼女こそわたしが知る限り人間として性の狂気の深淵に生きることを許された唯一の女性。

 わたしが心から愛してやまない最愛の母、霧島香苗だった。

 お母様がいつからそうだったのかは誰も知らない。

 霧島祐介の元に連れてこられたときには、言葉もまともに話せず、既に肉体と精神の内外において激しく凌辱され尽くされることにのみ喜びを得るだけの存在だったという。

 出生や生い立ちについては不明なことが多く、心身ともに他人が言うところの“まとも”な状態ではなかった。

 私の記憶でもお母様が自身について語ったことなどなかった。

 むしろ言語と呼べる言葉を発することが無かったため、お母様と言葉で会話をしたことは一度もない。

 心的障害や極度の被虐体質か、先天的なのか心的外傷か何かによるものなのか。

 幾人もの精神科医が調べたそうだが、原因の特定に至ることはなかった。
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