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人工快楽
第2章 真央と香苗
 だから、わたしは壊れない。

 絶対に壊れない。

 何度となく自分に言い聞かせる断固とした決意は、それでも薄氷の上に立っているかのように、容易く足元を失いそうな危うさだった。

 それならば、私がどうにかなってしまう前に、私はお母様に至ろうと考えるようになっていた。

 お母様に至る。

 人が持ち得る全ての思考、感情や感覚が性の快楽へと帰結し、苦痛や苦悩など存在しない性の深淵。

 私にはお母様の血が流れている。

 お母様の胎内で形造られ排泄された私という存在は、間違いなくお母様の遺伝子でこの身体も心も作られている。

 ならば至れるはずだ。

 私はこの不愉快な状況から急かされるように、痛みや苦しみの全てが快楽へと直結し帰結していた存在に至るための試みを始めた。

 わたしは食事用の箸を握り締めると、躊躇なく力を込めて腕に突き刺さした。

 箸先が薄い皮膚を弾くように突き破り肉に突き刺さる。

 快楽は、ない。

 口から出たのは嬌声ではなく、呻き声。

 有るのは耐え難い痛みだけ。

 こんなはずはない。

 違う。

 太腿に突き立ててみる。

 でも。

 感じるのは震えがくる程の激しい痛み。

 流れるのは涙と赤い血だけ。

 何度も突き立ててみる。

 何度も何度も何度も何度も何度も。

 ああああああああああああっ!

 痛みによる絶叫なのか、お母様へと至るための階段すらまともに登ることが出来ない自分への慟哭なのか。

 訳もわからず叫び続けた。

 ああああああああああああああっ!

 ただただ叫び続けた。

 ああああああああああああああっ!

 届くならばお母様に届けと叫び続けた。

 ああああああああああああああっ!

 叫び声を聞いて駆けつけた看護師が見たのは、血塗れになった両腕と箸が突き刺さったまま真っ赤な血がとめどなく流れる両の太腿と、無力に呆けたわたしの顔だった。

 そしてその数日後、わたしは絶望の中でお母様が死んだと聞かされた。
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