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人工快楽
第3章 香苗喪失
 ぼんやりと霞みがかった視界と同じ様に頭の中が晴れない。

 身体が鉛のように重く感じるのに、妙に現実味のない感覚がしてまるで力が入らなかった。

「気がつきましたか、お嬢」

 力なく半開きの瞼のまま、眼球だけを声のする方へ動かす。

 普段なら何とはない動きなのに、今はこんなに些細な動作ですら重く憂鬱さを感じる。

「私が分かりますか?」

 視界に映る中年男の顔を認識して、声も無く小さくうなづく。

「お嬢自身が誰かも分かりますか?」

 もう一度小さくうなづく。

「今、自分がどういう状況か分かりますか?」

 自分の状況?

 頭がぼんやりしすぎていて、大脳皮質も海馬も上手く働いてくれない。

 小さく首を振る。

「簡単に説明しますと、お嬢は病室で自傷騒ぎを起こして気を失い、今は手首と腰を固定されてベッドで拘束されています」

 そう⋯⋯。

 言われてみれば、感覚を喪失してしまったかのように感じる身体の内側から、両腕と両の太腿から焼け付く様な鈍い痛みを感じる。

「割と酷い怪我ですよ」

 興味ない。

「それと聞きにくい事ですが、お母様の事、覚えていますか?」

 お母様。

 わたしをこの世に排泄してくれた愛すべき人。

 お母様の顔を思い浮かべる。

 性の深淵に立ち、被虐の彼岸に生きることを許されたただ一人の人間。

 わたしが目指そうとしていた至高の存在。

 血の繋がり、遺伝子の繋がりがあっても至れない存在。

 だからわたしは⋯⋯。

 それなのに⋯⋯。

 ああ、そうだ。

「⋯⋯お母様、死んだって⋯⋯」

 わたしは、力なく吐息に混ざるような囁くよりも小さな声で男に聞いた。

「はい、残念ながらお亡くなりになりました」

 そう⋯⋯なんだ⋯⋯。

 本当に死んじゃったんだ。

「まだ死因も特定出来ていないので何とも言えないんですが」

 一人で勝手に死んじゃったんだ。

 わたしを置いて、勝手に死んじゃったんだ。

 わたしが寂しくて仕方ないのも分からないくらいに、勝手に死んじゃったんだ。

 お母様は寂しくなかったのかな。
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