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人工快楽
第3章 香苗喪失
 再び泥のような深い眠りから目を覚ました時には、わたしは今まで閉じ込められていた部屋とは違うベッドで横たわっていた。

 相変わらず身体が憂鬱に重く感じたが、今までのようにベッドに縛り付けられて拘束されてはいないらしい。

 拘束具の代わりに腕には点滴が繋がれていた。

 気怠い瞼は半開きのまま、眼球の動く範囲を見回してみる。

 ベッドの脇には薬剤の入った袋がぶら下がった点滴棒。

 柔らかな日差しと大きな窓に掛かる白いレースのカーテン、とくに装飾はないものの清潔感に満ちた何とも小綺麗な部屋だ。

 およそ自分には似つかわしくない。

「起きましたね、お嬢」

 男の声がした。

「⋯⋯⋯ここ、何処⋯⋯」

「私の診療所ですよ」

 ああ、そうか。

 あなた、医者だったんだっけ。

 男は霧島祐介の友人で、霧島家の主治医。

 医者としての技量は相当高いのだが、狂気に支配された場の空気に脳味噌が犯される感覚が好きだとか言って、わたしとお母様の狂態を眺めてはマスターベーションばかりしていた極度の窃視性愛者。

 その上男色家で、よく若い男を連れてマスターベーション代わりに性器を愛撫させるなどして情欲に耽っていた。

 だのに、実際には主治医と言いながらも、わたしは彼の名前を知らない。

「なんで⋯⋯わたしは、ここにいるの⋯⋯」

「とりあえずお嬢の願いを叶えるために、ですかな」

 わたしの願い⋯⋯。

「それと、お嬢のお母様、香苗さんもちゃんとお連れしてますよ。別室で安置させて頂いてます」

 お母様⋯⋯。

「お母様に会わせて⋯⋯」

 お母様⋯⋯。

「もちろんです。その為にお嬢と香苗さんをここにお連れしたんですから」

 お母様⋯⋯。

「お母様に会わせて⋯」

 お母様⋯⋯。

「お母様に会わせて」

 お母様⋯⋯。

 わたしは焦り、苛立った。

「早くお母様に会わせてよ!」

 声にならない声で叫び、男を睨みつける。

「分かりました。お連れしましょう」

 わたしの腕から点滴を外すと、身体に力が入らずに上手く起き上がれないわたしを抱え上げ、男は隣の部屋へと入っていった。
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