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人工快楽
第3章 香苗喪失
 男が扉を開けるとひんやりとした冷気が漏れ出してきた。部屋の中へ入ると、そこはさらにしんとした冷たい空気に支配されている。

 室温とは対照的に、柔らかな日差しが窓から差し込む部屋の真ん中に鎮座しているセミダブルのベッドには真っ白なシーツがかけられており、そのシーツの上には真っ白な長袖のワンピースを着て横たわるお母様がいた

「お母様⋯⋯、お母様ぁ⋯⋯」

 男に抱えられたまま、わたしは両腕を宙に泳がせるようにお母様に向けて伸ばした。

 隔離病棟で眠るお母様から引き剥がされて以来、待ちに待ち焦がれた末の再会。

 横たわるお母様の隣に下ろしてもらうと、そのままお母様の腕ににしがみついた。

「お母様、お母様お母様お母様お母様ぁ⋯⋯⋯⋯」

「お嬢、ここでは誰も何も邪魔はしません。お嬢の好きなようになさって結構です。ただ、香苗さんの現状維持の為に部屋の温度が下げてあるのと、香苗さんの下にドライアイスが入った保冷剤が敷いてありますので、気をつけて下さい。あと、この状況なので、一応お嬢の主治医として様子は見に来させてもらいますから」

 別に今さらわたしがどうなろうが興味もなければ関係もない。

 お母様と早く二人きりになりたかった。

 わたしは男に一瞥もくれずに一言だけ低く呟いた。

「出てって⋯⋯」

 扉が閉まる音を最後に、しんとした静寂が部屋の中を支配した。

 いつまでも、永遠にでも続いてゆきそうな無音の世界。

 何を話そう。

 何から話そう。

 話したいことはいっぱいあるのに、言葉が出て来ない。

 お母様⋯⋯。

 お母様の腕にしがみついて顔を埋めたまま、まだわたしはお母様の顔をまともに見ることができないでいた。

 温もりは、ない。

「お母様、起きてる⋯⋯?」

 恐る恐る聞いてみる。

 答えなどあるはずもない。

 だって⋯⋯。

 しがみついているお母様の細い腕は、ワンピースの布越しでも分かる程に冷たく、硬くなっていた。

「お母様⋯⋯、お母様ぁ⋯⋯」

 しがみついたまま、お母様の腕を少し揺すってみる。

 わたしはまだ期待している。

 いつもの呻きや喘ぎ声、笑い声が聞こえて来ることを。

「お母様⋯⋯、お母様⋯⋯」
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