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人工快楽
第4章 喪失と葬送
車の助手席から火葬場の空を見上げていた。
お母様が燃やされている。
長い煙突の先から灰色の煙が立ち上っていた。
1200度の火で焼かれたお母様の肉体が、雲ひとつない青空に溶けてゆく。
なんとも現実味のない景色の感覚。
音のないセピア色のフィルムをスローモーションで見ているようだった。
「ねえ⋯⋯、お願いがあるんだけど」
運転席で煙草を吹かしている男に、顔も向けず不躾に声をかけた。
「何です?」
「お母様の骨、残らず集めて粉にして欲しいの」
「ええ、良いですよ。ただ⋯」
男が少し言いにくそうにしながら、煙草を灰皿で揉み消した。
「霧島裕介氏から連絡がありましてね、香苗さんの遺骨を霧島家の墓に納めて弔いたいと」
その言葉に、わたしは男を睨みつけた。
「はあ? お母様から逃げて、お母様とわたしをあんな所に閉じ込めた男が何を言っているのよ」
わたしは激しく苛立った。
「そうよ、お母様が死んでしまったのも、何もかもあいつのせいだ。あいつがお母様を殺したんだ。あんな所に閉じ込められなければお母様は⋯⋯」
男がしまったという顔をしている。
「絶対にお母様は渡さない。骨の一欠片だって渡してたまるものか!」
「お嬢、落ち着いて下さい。大丈夫ですよ、分かっていますから」
「お母様は私だけのものなんだから⋯⋯」
男から視線を外して深く息をつくと、苛立つ心を鎮めながら再び火葬場の空を見上げた。
「それと、粉にしたお母様の骨を薬みたいに小分けにすることって出来る?」
「出来ますよ」
「やって」
「承知しました」
骨となってしまうお母様が、粉末にしてどれほどの量になるのかは分からない。
それでも私は、愛しいお母様が寂しくないようにしようと思った。
お母様を取り込んで、お母様と一体になって、例え消化器官に吸収されずに排泄されてしまうのだとしても、少しでもお母様をこの身体に感じていたかった。
「それに⋯⋯」
どれも本心ではあるけれども、不意に口をついて出た言葉こそ私の本心だったのかもしれない。
「お母様がわたしの中にいてくれれば、わたしも寂しくないもの⋯⋯」
「存外、お嬢はロマンチストですな」
そうかも知れない。
母親を亡くしたことで、こんな気持ちになるなんて想像も出来なかった。
お母様が燃やされている。
長い煙突の先から灰色の煙が立ち上っていた。
1200度の火で焼かれたお母様の肉体が、雲ひとつない青空に溶けてゆく。
なんとも現実味のない景色の感覚。
音のないセピア色のフィルムをスローモーションで見ているようだった。
「ねえ⋯⋯、お願いがあるんだけど」
運転席で煙草を吹かしている男に、顔も向けず不躾に声をかけた。
「何です?」
「お母様の骨、残らず集めて粉にして欲しいの」
「ええ、良いですよ。ただ⋯」
男が少し言いにくそうにしながら、煙草を灰皿で揉み消した。
「霧島裕介氏から連絡がありましてね、香苗さんの遺骨を霧島家の墓に納めて弔いたいと」
その言葉に、わたしは男を睨みつけた。
「はあ? お母様から逃げて、お母様とわたしをあんな所に閉じ込めた男が何を言っているのよ」
わたしは激しく苛立った。
「そうよ、お母様が死んでしまったのも、何もかもあいつのせいだ。あいつがお母様を殺したんだ。あんな所に閉じ込められなければお母様は⋯⋯」
男がしまったという顔をしている。
「絶対にお母様は渡さない。骨の一欠片だって渡してたまるものか!」
「お嬢、落ち着いて下さい。大丈夫ですよ、分かっていますから」
「お母様は私だけのものなんだから⋯⋯」
男から視線を外して深く息をつくと、苛立つ心を鎮めながら再び火葬場の空を見上げた。
「それと、粉にしたお母様の骨を薬みたいに小分けにすることって出来る?」
「出来ますよ」
「やって」
「承知しました」
骨となってしまうお母様が、粉末にしてどれほどの量になるのかは分からない。
それでも私は、愛しいお母様が寂しくないようにしようと思った。
お母様を取り込んで、お母様と一体になって、例え消化器官に吸収されずに排泄されてしまうのだとしても、少しでもお母様をこの身体に感じていたかった。
「それに⋯⋯」
どれも本心ではあるけれども、不意に口をついて出た言葉こそ私の本心だったのかもしれない。
「お母様がわたしの中にいてくれれば、わたしも寂しくないもの⋯⋯」
「存外、お嬢はロマンチストですな」
そうかも知れない。
母親を亡くしたことで、こんな気持ちになるなんて想像も出来なかった。