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道化師は啼かない
第8章 それぞれの終幕
「ブラックジャック」
 少女を置いて数分歩いていた辺り、目の前の路地の影からジャックとスペードのトランプが覗く。
 聞き覚えのある声と共に。
 ハルは立ち止まってそれを支える腕毎引っ張り出した。
「なにしてるんです?」
 鮮やかな金髪が太陽を反射する。
 ジーンズに括り付けられたチェーンがジャラジャラと音を立てた。
 よろめいた影はそのままハルに抱きつく。
「セックスまでした仲なのに相変わらずつれねえな。変わったのはコンタクトとスーツの銘柄とフレグランスだけか?」
 ハルは引き剥がしつつフッと笑んだ。
「お前こそ何一つ成長してない癖に……」
 直輝はケラケラ笑い声を上げた。
 ピアスの数が増えている。
「胡桃に聞いたぜ。ブラックジャック強いんだろ? 勝負しよう」
 ハルが歩き出したので直輝も付いてくる。
 オリンピックの競歩でメダルとれるんじゃねえか、と毒づきながら必死で。
 カツカツと。
「今さら何を懸けるんです」
「ニャア」
「ふっ。ヘレン、久しぶり」
「ちゃんと飼ってんだぜ? いまだになつかないけどな」
 ハルは足に擦り寄る黒猫を抱き上げた。
 二年で立派な体格に成長した。
「重い……」
 すぐに下ろす。
 ヘレンは不満げに指を甘噛みした。
「死ぬまでやるのか?」
 直輝が大きな声で尋ねる。
「……仕事?」
「ああ。オレは足洗ったからさ」
「今何してるんですか」
「笑えるぜ? 胡桃と喫茶店経営してる。北軽井沢でな」
「……蕗は」
「帰ってない」
 やっぱりね。
 ハルは二年前を思い出して口を結んだ。
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