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道化師は啼かない
第8章 それぞれの終幕
蕗が海に張り出した堤防を進む。
スニーカーで足取り軽く。
行ってしまう。
ーボク蕗。もしくはシロー
ああ。
もう一人の自分はもう捨てたのか。
それともクロと呼ばれたいのか。
ハルは口の端を持ち上げた。
「あのさ」
蕗が振り返る。
「ハルはハルなんだよね」
その意味の深さを噛み締める。
そして、頷いた。
「……羨ましい」
それが最期の言葉だった。
海は代わらず波を寄せてくる。
浮かんだ泡もすぐに消し去って。
何も無かったように。
ハルは餞としてハンカチを海に落とした。
ああ。
母さんの気配が消えた。
ゆらゆらと足元に紫の煙が絡み付く。
「嘘吐いてごめんね」
踵を返して岬を去る。
「そんなもの、確信持てる人間なんていないよ。自我は鏡に宿るのだから。自分が自分だという認識なんて尺もなくどうして言い切れる」