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道化師は啼かない
第3章 死体越しの再会
 全身に吹く初夏の風。
 一瞬たりとも止まることを知らない爽やかな陽気。
 木漏れ日の中で餌をついばむスズメ。
 駅のシンボルの噴水が奏でる水の囁き。
 それら全てがハルに認識されることはない。
 メガネを整えて、革靴を鳴らして目指すのは標的のみ。
 今回の依頼もいつもと変わらない。
 朝、家に届いた指令と写真。
 設定時刻。
 本日中、と赤で判子を押された書類はリビングに置いたままだ。
 珈琲も飲みかけだった。
 そんなことを思いながら足を速める。
 駅から離れた小さいトンネル。
 南口から抜けるよりも近道だろうか。
 その手間を選べば少しは生き延びただろうに。
 太陽すら届かないコンクリートの闇。
 無造作にイヤホンを外す。
 カツカツカツ。
 音もなく忍びよれば楽だろう。
 けれど、味あわせたい。
 ストーカーかもしれない、突然の恐怖。
 真後ろを歩いていた人物が速度を上げれば大抵意識を向ける。
 ほら。
 彼女の肩に力が篭った。
 けれど、遅い。
 左手で鞄を支える手を掴み引き寄せると同時に首にナイフを押し当てる。
 ぴたりと体を密着させて逃げられないように。
 香水の香りが舞う。
 反応するのに一秒かからない人間はいない。
 同業者以外には。
「失礼します。良ければこのまま歩き続けてくださいね」
 叫ぼうとした口にナイフの柄を当てる。
「あぐっ」
 ガンと歯にぶつかった。
 折れたかもしれない。
 舌を噛んだかもしれない。
 柄に口紅なのか血なのか判断できない汚れがこびりつく。
 ハルは表情を明るくして、優しく云う。
「抵抗するのは目的地に着いてから存分にしてよろしいので、今すぐ喉を潰されたくないなら従ってください」
 女の眼が赤く充血し、涙が溢れる。
 カタカタと震える手を捻り上げ、ナイフを首に戻す。
 切っ先を少しだけ皮膚にめりこませて。
「い、ひっ」
 鎖骨に垂れていく滴。
 刺すような痛み。
「良い表情ですね。なんで、私が。それは今まで生きてきた自分に問うてください。ほら。さっさと歩いて」
 怯えが体を麻痺させて、満足に足も踏み出せない。
 わかった上で、ハルは膝を蹴る。
 がくりと体勢を崩した女の首を傷つけないよう、体を曲げる。
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