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道化師は啼かない
第3章 死体越しの再会
 地面についた膝の裏を容赦なく踏みつける。
 覆いかぶさるように逆さに女の顔を見つめて、ニイッと笑む。
「面倒でしたら、ここでやってもいいんですよ?」
 女が涙を流しながら首を振る。
 もう口を利くことすら出来ない状態だろう。
 一旦手を離して、髪を掴む。
 隙を突いて逃げようとした体を引っ張られ、ぶちぶちと痛々しい音が響く。
「ああっ、やめて!」
 踏まれた足の皮膚が攣り、耐えられない痛みが駆ける。
「元気がいいですね。結構なことです。大変結構。でもここじゃ人目につくからまずいんですよ。貴方も嫌でしょう。見られたくないところを人に見られるのは。僕もね、女性を辱める行為なんて人に見られたくないんですよね。それも僕が選んだ女でもないというのに。ああ、面倒です。手足の腱を切って抱えて連れて行った方が早いですかね、どうでしょう」
 早口で淡々と呟くハルに女は初めて死を感じた。
 その間も髪を掴まれたまま引きずり上げられる。
 立ちたいのに片足が動かないから、無力に手で宙を掻くだけ。
「ご、めんなさい……助けて。助けて」
 もはやハルを見ていない。
 トンネルの出口に救いを求める。
 いきなり突き飛ばすように手を離され、手で庇う間もなく顔から地面に落ちる。
 ゴトリと頭蓋骨とコンクリートの衝突音がした。
「本当に静かにしてくれませんかね。僕も手荒な真似は場所を考えてしたいんですよ。ああ、動けませんか。仕方ない。結局担いで行くなら初めから気を失わせてしまえばよかったですね。全く……死ねばいいのに」
 誰に対してでもなくぶつぶつと言い、のたうつ指を引き上げる。
 ポタポタッと血が零れる。
 女は鼻を強打し、口からも血を流していた。
 それを見て、ハルの唇が持ち上がる。
「美味しそうですね、醜くて」
 赤い舌で傷ついた頬を舐め上げられる。
 グチャリと。
 痛みよりも、ぞくぞくとした悪寒に溺れる。
 気絶したならよかったのに。
 そう思いながら彼女は細い腕に抱えられ、トンネルから出た。
 人通りの少ない線路わきの道を進む。
 彼女の鞄は道路沿いの川に投げ捨てられた。
 カツンと飛び出した携帯が壁にぶつかり、水に沈む。
 それを見ながら彼女は眼を閉じた。
 指一本満足に動いてくれない体を恨みながら。
 もう帰れない。
「やっと見えてきました。到着ですよ」
 死神の声がする。
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