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道化師は啼かない
第3章 死体越しの再会
 烏が鳴いて飛び去る。
 黒い人影に危険を感じたかのように。
 ギャアギャア騒ぎながら。
 ハルは辺りを見回して、それから公園に入る。
 彼の肩では女の体が揺れている。
 せめて血痕が残れば、誰かが見つけてくれるかもしれないのに。
 涙の跡は、すぐ乾く。
 誰にも見つからずに。

 トイレの入り口に女を降ろす。
 冷たいタイルの感触に少しだけ意識がはっきりしたようだ。
 ハルは気にも留めずに胸ポケットにメガネを仕舞う。
「そういえば名乗ってませんでしたね。久谷ハルと申します。真紀さん」
 呼ばれたことに驚いて、なんとか身を起こす。
「なん……で」
「あれ、厭ですね。低俗な通り魔とでも思いましたか? いえいえ、これはれっきとしたお仕事ですよ。残念ながら、貴方は僕を雇える人間に恨みを買ったってわけです」
 太陽を背に立つハルを見上げる。
「そう怯えなくても良いですよ。むしろ愉しむつもりで存分に暴れてください。その方が僕もつまらない仕事に甲斐が出るというものです」
 真紀が這うように奥に下がる。
 手の上を虫が這って行ったのも今は気にしてられない。
 目の前の男以上に危険なものはここにはない。
「や、だ……ぜったい、やだ」
 真紀の頭に走馬灯のようにクラスメイトが浮かぶ。
 それから家族。
 付き合った男たち。
 一体、誰が。
 誰に恨みを。
 さっきの衝撃から抜けない頭では集中できない。
 コツコツ。
 ハルが近づく。
「覆水盆に返らずですよ。今更原因がわかってどうなるんです」
 薄暗い室内でもはっきりと、紫の瞳がこちらを見ているのがわかる。
 ドン。
 個室の扉に背中がぶつかった。
 ざわっと恐怖が身を包む。
 なんとか躰を捻ってドアノブに手を伸ばす。
 瞬間、扉が開いて中に投げ入れられた。
 便座のタンクにしがみつく姿勢で振り返る。
 丁度、ハルが鍵を閉めるところだった。
 真紀の視線に気づいて、首を傾げる。
「最近の若い子って頭弱いって聞くけど、まさか自分から入るなんて……本当に屑だね」
 さっきまでとは違う、遠慮のない蔑み。
 急いで壁を見上げるが、窓は小さく届かない。
 ぐいっと顔を前に戻される。
 目の前に迫った顔は、あまりにも整っていた。
 くっきりとした二重に長い睫毛。
 彫りの深い鼻筋。
 白い肌。
 それが一層怖い。
 惹かれてしまう自分がいる。
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