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道化師は啼かない
第4章 錯覚と残り香
麦茶を注いで一気に飲み干す。
携帯を片手に壁にもたれて座ったけれど、指が動かない。
何をしたらいいのかわからない。
生まれて初めての残酷すぎる光景。
髪の一本まで思い出せる女子高生。
なんで。
なんで、あんな殺され方をされなきゃいけなかったの。
机に置かれた新聞。
昨日のだ。
一面に大きく書かれた殺人の文字。
ハルは、この頃話題の無差別殺人の犯人なんだろうか。
冷静に考える自分が怖い。
あんなに近くで死を見たのに、他人事みたいに。
でもそうでもしなきゃ頭が割れそう。
忘れるわけがない。
あんな、酷い赤色。
タイルに残った痕。
泣き叫んでいた子供。
その中でまっすぐ立っていたただ一人の男。
両腕に顔を埋める。
携帯が落ちた。
「麗奈」
「あれがあなたの弟なの?」
吐き出した質問。
ずっと問い詰めたかった。
でも、一番辛いのは道化だと思った。
だから聞けなかった。
息を吸う音。
「そうよ」
「なんであんなこと……っ」
わかってる。
こんなこと訊く自体間違ってる。
でも訊かずにいられない。
「彼の名前は、久谷ハル。きっと麗奈が知らない世界で有名な殺人犯ね……私が死んでから八年間、女性だけをああして殺し続けてる」
「女性、だけ?」
溜息で間が空く。
けれど道化も曖昧にする気はないようだ。
「そう。男を殺したのは私を犯した屑どもだけ。あの一度だけ……それからはずっと、麗奈くらいの若い女の子だけをね」
「どうして」
「どうしてだろうね」
涙が一筋こぼれた。
これはきっと、私のじゃない。
頬を撫でる。
「本当に、なんでだろうね。被害者がわかっていても、私には止められないの。昨日みたいに近づいたのは初めてだったけどね」
記憶をたどる。
「私の前の二人は、あの人に殺されたの?」
「ええ。あんなもんじゃなかった」
映像が脳に浮かぶ。
縛られて、泣き喚く女の子。
凌辱されて。
狂わされて。
「やめてっ」