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道化師は啼かない
第4章 錯覚と残り香
バタン。
勢い良く扉を閉めた衝撃で棚の上で寝ていた黒猫が飛び降りる。
タタッと床を駆け、出窓に飛び乗った。
それから身を低くして主人を窺う。
久谷ハルという主人を。
「はあ……悪いね、ヘレン」
名前を呼ばれ、頭を撫でられヘレンは喉を鳴らす。
まだ生を受けて一年余りの彼女は路地裏で仕事帰りのハルに拾われた。
台風の日で、ヘレンはびしょ濡れになってゴミ箱の影に寝ていた。
傘も差さずに歩いてきたハルは、その首元を持ち上げて小さく呟いた。
「ここで死ぬのはつまらないよね、お前も」
それから彼の家に連れられ、共にいる。
毎回血の臭いをつけて帰る主人と。
ハルは上着を脱ぎ捨て、長椅子に腰掛けた。
十二畳もの部屋には、この長椅子とベッドと棚だけ。
広すぎる空間を持て余しているのにも興味がない。
ガタン。
ヘレンが隣に座ろうとして冊子を落とした。
それを一瞥して、ハルはため息を吐く。
「んー。なんでかなあ……なんで見つかるんだろうね」
猫に尋ねるように。
脚を組んで額を押さえる。
メガネがずれて、そのまま外す。
裸眼で見た世界は少しだけ精度を失った。
「また殺される気ですか」
ふっと今の言葉を笑う。
立ち上がって冊子を手に取った。
開くと真紀のページだった。
それを抜き取って傍らのシュレッダーにかける。
カタカタ。
彼女の顔が細かく寸断されていく。
積もった紙片はそのまま燃やされる。
まるで火葬されるように。
それから二件目の女子高生の資料も同じ運命を辿る。
余り楽しめなかった。
思い出してハルは眼を閉じる。
出口に向かう彼女を脇に引き込み、スタッフオンリーの扉を抜ける。
すぐ鉄の臭いに包み込まれた。
あの時計台の仕組みは妙に凝っている。
季節によってハープ奏者の像が変わるのだ。
馬鹿馬鹿しいことには金を費やすね。
壁に並んだ四季の像たちを眺める。
狭い空間を器用に進みながら。
広場の真ん中でのメンテナンスを嫌った市長が地下に設けた作業場。
一際天井が高い場所の下に、正午の出番を終えた像がぶら下がっている。
眺めていても仕方ない。
腕の中で暴れ続ける女を離して肩を突き飛ばす。
そこに加減などない。
「あうっ」
後頭部を歯車に強打して、座り込んだ。
焦点の合わない眼でハルを見上げて。
勢い良く扉を閉めた衝撃で棚の上で寝ていた黒猫が飛び降りる。
タタッと床を駆け、出窓に飛び乗った。
それから身を低くして主人を窺う。
久谷ハルという主人を。
「はあ……悪いね、ヘレン」
名前を呼ばれ、頭を撫でられヘレンは喉を鳴らす。
まだ生を受けて一年余りの彼女は路地裏で仕事帰りのハルに拾われた。
台風の日で、ヘレンはびしょ濡れになってゴミ箱の影に寝ていた。
傘も差さずに歩いてきたハルは、その首元を持ち上げて小さく呟いた。
「ここで死ぬのはつまらないよね、お前も」
それから彼の家に連れられ、共にいる。
毎回血の臭いをつけて帰る主人と。
ハルは上着を脱ぎ捨て、長椅子に腰掛けた。
十二畳もの部屋には、この長椅子とベッドと棚だけ。
広すぎる空間を持て余しているのにも興味がない。
ガタン。
ヘレンが隣に座ろうとして冊子を落とした。
それを一瞥して、ハルはため息を吐く。
「んー。なんでかなあ……なんで見つかるんだろうね」
猫に尋ねるように。
脚を組んで額を押さえる。
メガネがずれて、そのまま外す。
裸眼で見た世界は少しだけ精度を失った。
「また殺される気ですか」
ふっと今の言葉を笑う。
立ち上がって冊子を手に取った。
開くと真紀のページだった。
それを抜き取って傍らのシュレッダーにかける。
カタカタ。
彼女の顔が細かく寸断されていく。
積もった紙片はそのまま燃やされる。
まるで火葬されるように。
それから二件目の女子高生の資料も同じ運命を辿る。
余り楽しめなかった。
思い出してハルは眼を閉じる。
出口に向かう彼女を脇に引き込み、スタッフオンリーの扉を抜ける。
すぐ鉄の臭いに包み込まれた。
あの時計台の仕組みは妙に凝っている。
季節によってハープ奏者の像が変わるのだ。
馬鹿馬鹿しいことには金を費やすね。
壁に並んだ四季の像たちを眺める。
狭い空間を器用に進みながら。
広場の真ん中でのメンテナンスを嫌った市長が地下に設けた作業場。
一際天井が高い場所の下に、正午の出番を終えた像がぶら下がっている。
眺めていても仕方ない。
腕の中で暴れ続ける女を離して肩を突き飛ばす。
そこに加減などない。
「あうっ」
後頭部を歯車に強打して、座り込んだ。
焦点の合わない眼でハルを見上げて。