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道化師は啼かない
第4章 錯覚と残り香
「なん……なの」
左手でポケットを探り、携帯を取り出す。
誰に救いを求めるんだろう。
単純にハルは思った。
逃げられない状況で、知らない男に殺されそうなとき、電話をかけるのは誰なんだろう。
口端を持ち上げて手を差し出す。
「三十秒だけあげますよ。それ以上は無駄ですから。さっさと助けを呼べば?」
「なっ……」
後ずさりながら画面を押す。
「いち、にい」
彼女の動きが止まった。
冷たい像に背中をつけて。
眼を泳がせながら携帯を連打している。
脚を挫いたようで、壁に縋るように手で引っ掻いている。
どうせ立ったところで何も変わらないのに。
汚れた蛍光灯の微かな光だけが二人を照らす。
「十三、十四」
「やめてよっ! 来ないで」
「悪いけど君が死ぬってのは決定事項だから」
彼女の顔が固まった。
言葉を飲み込めないように。
聞かなかったふりをすれば、事実がなくなるように。
「ほら、あと五秒」
腕時計を示してクスリと笑う。
ブンブンと首を振る彼女は何を否定したいのか。
真紀の方がまだ必死だった。
まあ、どうせ今回は楽しめないし。
ハルはメガネを外して袖口からナイフを取り出す。
「ひっ」
コツコツと。
狭い部屋に木霊する。
「……零。結局助けてくれる人なんていないんだよね、アリスちゃん。警察すらも個人の事件に手が回るほど暇じゃない。兄妹? 親? 彼氏? 今日の予定さえもしらない他人に何ができるの」
「寄らないでっ」
「うるさい。あ、決めた」
彼女の上の像を見つめる。
ハープを持つ腕を。
像から伸びたロープと絡まった歯車を。
名案を思い付いたように目を細める。
「なかなか最悪じゃない?」
そう囁いて彼女の首に手をかけた。