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道化師は啼かない
第4章 錯覚と残り香
 カランカラン。
「開店前だって云ってんでしょ」
「今日は聞いてませんけど」
 カウンターの中から望まない来客を胡桃は睨む。
 いつもと変わらない黒スーツ。
 名刺を差し出して来たらセールスマンにしか見えないのに。
 その本性を知っているが、彼女は思う。
 無害な人間にしか見えないのに、と。
 午前十時。
 ハルは仕事を一件終えたばかりだった。
「ブラッドオレンジ貰えます?」
「誰もあげないけど。なに? 珍しいね、珈琲じゃないの」
「おや。常連公認ですか」
 おしぼりを投げられる。
 簡単に受け止めたハルに舌打ちをして、グラスを一つ持って冷蔵庫に向かう。
 低い機械音が響く。
「会いたくない人にでも会ったの?」
「なんでわかるんです」
 閉まりの悪い扉を二回押して、振り返る。
「全然楽しそうじゃないから。いつも仕事終わりは嬉々として入ってくるくせに」
「僕そんなにわかりやすいですか」
 コトンと置かれたグラスを指でなぞる。
「冷えてないですね」
「文句言わないで。あと誤魔化さないで」
 ハルは静かに笑ってストローを咥える。
 袖口から傷跡が一瞬見えたのを胡桃は見逃さなかった。
「まだ自傷してるの」
「よく見つけますね」
 今朝のシャワーで剃刀を使った右手でその手首を擦る。
「そういう職業なのに利き手にそんなことしていいの?」
「あれ。左利きって言いましたっけ?」
 胡桃が両腕を組んでカウンターから身を乗り出す。
「左利きには変人が多いもの」
「それ、世間が怒りますよ」
「でも当たった」
「当たってませんよ」
 カチンとライターで煙草に火を点ける。
 客が来る前の胡桃の喫煙タイム。
 一息吐いてから、ハルの存在を思い出したかのように顔を歪める。
「飲み終わったら出て行きますよ」
「それまで質問していい?」
「どうぞ」
 彼女をちらりとも見ずに返事をする。
 グラスを持ってテーブルに移動して。
 いつも通り椅子に座らず、机に腰掛けるのをもう胡桃は注意を諦めた。
「応えるかどうかはわかりませんけど」
「いいけど。最近蕗はどうしてる?」
 突然表情を暗くした彼女が灰皿を引き寄せる。
「ああ……昨日会いましたよ」
「元気だった?」
「それ、無駄な質問だと思いません?」
 ストローの先を噛んで首を傾げた彼の背中に灰皿が投げられた。
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