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道化師は啼かない
第5章 邪な嘘
「これでいいわね。利き手だろうけど、しばらくは安静にしなさい」
 余った包帯をくるくると巻きながら養護教師が言う。
 いつも花柄のシュシュで一つ結びにした由愛先生。
 通称ゆありん。
 この学校唯一の二十代独身女性教師。
 生徒からのアイドル的存在。
 そんな由愛先生が今は無表情で、いや、悲しげに私を見ている。
「芦見。なにがあったの?」
 そんなまっすぐ見ないでよ。
 ゆありん。
 みんみんもそばにいるんだよ。
 それに、みんみんもだよ。
 なんで泣きそうな顔で私を見てるの。
 泣きたいのはこっちなのに。
 だって、めくちゃんが……
 めくちゃんの首に紫の煙が巻きついていたんだよ。
 もうすぐあの久谷ハルとかいう奴が現れて、時計台の中で殺されちゃうんだよ。
 震える指で口を押さえる。
 吐き気がする。
 あれ。
 なんで。
 私の口。
 なんで、笑ってんの。
「芦見……」
 先生。
 傷の手当ありがとうございました。
 そろそろ授業に行かなきゃ。
 ほら。
 チャイムが鳴ってもう何分経ちましたか。
 一限は好きな国語なんです。
 みんみんはいつも寝てるけど。
「麗奈」
 何回も呼ばないでよ。
 うるさいな。
 ほら。
 みんみんも知ってるでしょ。
 国語の朗読、めくちゃんすごく上手いん……
 息が止まる。
 なにこれ。
 椅子の感触がない。
 視界が眩む。
 保健室の白い壁が一気に黒く染まる。
 先生もみんみんも消える。
 闇に。
 息ができない。 
 苦しい。
 やめて。
 なに。
 なんなの。

「大丈夫だよ」

 私の声がした。
 私、喋ってないのに。
 見えない籠に、閉じ込められたみたいな。
「先生。今日は早退します。みんみん、悪いけど荷物持ってきてもらってもいいかな。机に入ってる教科書はそのままでいいからさ」
「置き勉? よろしくないね」
「そうです。でもみんなやってますよ。先生」
「わかった。とってくるね」
 足音が遠ざかる。
 みんみんが取りに行ったんだ。
「芦見。無理はしないで、今日はゆっくり休みなさい」
「はい。そうします」
 立ち上がる音。
 扉が開く音。
 二人分の足音。
 見えないけどわかる。
 玄関に向かってる。
 先生が肩に手を置いて、そっと撫でた。

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