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道化師は啼かない
第5章 邪な嘘
小林美津希。
十八歳。
それが今夜のアリス。
ハルは飲んでいたコーヒーを置き、伝票を手にとった。
一杯三百円は安くない。
店員と目も合わさずに会計を済ませると、路地に出る。
向かうは目の前のビル。
五階建ての古びたビル。
地上はコンビニエンスストアで、二階以上はカラオケボックス。
カラフルな壁を見上げ、メガネを押し上げる。
屋上にはフェンスが見える。
「フリータイム七百円ですよー! 歌っていきませんか」
呼び込みの声がする。
高く、澄んだ声。
ハルはその呼び子を一瞥した。
オレンジのパーカーにジーンズ。
両手にはメニュー表が掲げられ、短い髪が声を発するたびに揺れる。
「いかがですか」
女子校生の三人組が足を止めた。
「フリーでこれは安くない?」
「えー。駅前のほうがいいって。機種も少なそうだし」
「私ここでも良いけど」
「じゃあ……いいけど」
コンクリートの階段を上っていく三人を見送り、清々しく微笑む。
それからまた声を張り上げた。
一層元気に。
通行人が立ち止まる。
彼女の笑顔に立ち止まる。
男子中学生がニヤニヤしながら話しかける。
バカみたいに盛り上がって階段を走って上がる。
ハルは静かにそれを眺めていた。
中学生ね。
何年前かな。
制服なんて着たことあったっけ。
どうでもいい考えを振り捨てて、ビルの反対側に回る。
スタッフ用出口の場所を確認する。
「いかがですかー」
遠くから声がする。
バイトか。
安く雇われて声を張る。
体も張る。
その代償に何を得て満足だとするのだろう。
小さい金。
狭い対人関係。
社会での姿勢。
「笑える……」
時計を見ると、もう十八時を回っていた。
そろそろ実行か。
声が止まった。
交代の時間だ。
きっちり五分前、ね。
さすが真面目なバイト要員。
コツコツとビルの影に入り、壁に持たれて目を閉じる。
さっきの珈琲の後味が舌先に張り付いているのが不快だった。
いや、それだけじゃないか。
眉間に力が入る。
岸直樹。
今頃アパートを探しているんだろうか。
帰って出迎えられても困るんだけど。
タッタッ。
軽い足音が近づいてくる。
お疲れ様。
アリスちゃん。
音も立てずにその細い体を捕らえた。
十八歳。
それが今夜のアリス。
ハルは飲んでいたコーヒーを置き、伝票を手にとった。
一杯三百円は安くない。
店員と目も合わさずに会計を済ませると、路地に出る。
向かうは目の前のビル。
五階建ての古びたビル。
地上はコンビニエンスストアで、二階以上はカラオケボックス。
カラフルな壁を見上げ、メガネを押し上げる。
屋上にはフェンスが見える。
「フリータイム七百円ですよー! 歌っていきませんか」
呼び込みの声がする。
高く、澄んだ声。
ハルはその呼び子を一瞥した。
オレンジのパーカーにジーンズ。
両手にはメニュー表が掲げられ、短い髪が声を発するたびに揺れる。
「いかがですか」
女子校生の三人組が足を止めた。
「フリーでこれは安くない?」
「えー。駅前のほうがいいって。機種も少なそうだし」
「私ここでも良いけど」
「じゃあ……いいけど」
コンクリートの階段を上っていく三人を見送り、清々しく微笑む。
それからまた声を張り上げた。
一層元気に。
通行人が立ち止まる。
彼女の笑顔に立ち止まる。
男子中学生がニヤニヤしながら話しかける。
バカみたいに盛り上がって階段を走って上がる。
ハルは静かにそれを眺めていた。
中学生ね。
何年前かな。
制服なんて着たことあったっけ。
どうでもいい考えを振り捨てて、ビルの反対側に回る。
スタッフ用出口の場所を確認する。
「いかがですかー」
遠くから声がする。
バイトか。
安く雇われて声を張る。
体も張る。
その代償に何を得て満足だとするのだろう。
小さい金。
狭い対人関係。
社会での姿勢。
「笑える……」
時計を見ると、もう十八時を回っていた。
そろそろ実行か。
声が止まった。
交代の時間だ。
きっちり五分前、ね。
さすが真面目なバイト要員。
コツコツとビルの影に入り、壁に持たれて目を閉じる。
さっきの珈琲の後味が舌先に張り付いているのが不快だった。
いや、それだけじゃないか。
眉間に力が入る。
岸直樹。
今頃アパートを探しているんだろうか。
帰って出迎えられても困るんだけど。
タッタッ。
軽い足音が近づいてくる。
お疲れ様。
アリスちゃん。
音も立てずにその細い体を捕らえた。