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道化師は啼かない
第5章 邪な嘘
 ポタポタ。
 雫が垂れる。
 水溜りに。
 暗くて狭い、小さな倉庫に。
 ハルは濡れた壁に指を這わせて、その冷たさごと拭い取った。
 それから寝ている少女の額に触れる。
 冷気を感じ取り、瞼が微かに動いた。
「ん……」
 白い素肌が灰色のコンクリートの上で身じろぐ様は、妙に甘美的。
 ハルはメガネを外して彼女の上に乗った。
 まだ意識のない小さな顔に手をかけ、唇を重ねる。
 雨音がかき消し、まるで音のないキスをしている気分に陥る。
 緩く開いた口から舌を差し入れ、優しく絡ませる。
「ふっ、は、あ……んん」
 ぎゅっと目を閉じ、首筋が強ばる。
 そこを撫で、びくりとした肩を掴んだ。
 覚ましてもいいんだけど。
 ハルは敢えて激しくしない。
「んんっ、んむ……あ」
 目を閉じて頬を赤らめる彼女が可愛かったから。
 ただそれだけかもしれない。
 理由なんて。
 雨のぶつかる音を聞きながら、熱くなる舌を押し付け合って。
 太股をすり合わせる彼女は、まだ目を覚まさない。
 顔を離してからクッと顎を引き、その顔を見つめる。
 そういえば、前の二人はちゃんと顔さえ見なかった。
 はあはあと息遣いが聞こえる。
 蒸気した赤い顔。
 濡れた厚い唇。
 細く整えられた眉に、アイラインを決めた二重の目。
 その下の瞳は何色なんだろう。
 起きればわかることか。
 睫毛を指の腹でなぞる。
 ピクピクと反応したあと、やっと目を開けた。
「え……」
 ああ。
 栗色なんだ。
「いっ、やっっ……だれ? だれかっ」
「静かに」
 人差し指を立てて制する。
 彼女は今までの穏やかさなんて嘘のように恐怖に目を見開き怯えていた。
 この表情には飽きた。
 だからかもしれない。
 眠ったままの彼女の顔を見ていたかったのは。
「たす……け、て」
「呼び込みしていた時より随分声が小さいね。叫べば誰かに聞こえるかもよ」
 数瞬意味が分からず顔をしかめた彼女だが、すぐに息を吸う。
 だが、声として出てくることはなかった。
 ハルの手に塞がれたから。
「もちろん、叫んでいいとは言ってないけど」
 鼻から少しずつ息が漏れる。
「ふ……う、うう」
「そう。せっかく雨がいい感じだし、静かにしてくれると僕も嬉しい。美津希」
 名前を呼ばれた美津希が力を抜く。
 こくこくと頷いて。
「うん。いい子だね」
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