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道化師は啼かない
第6章 不協和音

雨が降っている午後だった。
学校帰りに、初めて喧嘩ってものを見た。
高校生同士だろうか。
細身の男の方が殴られている。
傘を差したまま、ぼーっと眺める。
バシャバシャ。
足音を隠さない水が跳ねる。
ガン。
あ、入った。
素人目にもわかる一撃に男の一人が路地裏に倒れた。
それを見て他の連中が去っていく。
満足したように。
見えなくなるまで彼らを見送る。
それからゆっくりとそこに近づく。
灰色の世界で目立つ黒。
片膝立てて口元を袖で拭う。
「あーあ……切れた。サイアク」
雨の雫か涙か。
濡れた顔の危うさに直視ができない。
「あの……」
声が掠れた。
だってしたことがない。
初対面の男に声をかけるなんて。
小さな顔が此方を見上げる。
うわ……
綺麗。
余りに整った目鼻立ちに心臓が早打つ。
「なんでしょう?」
全くからだの痛みなんてないような余裕ある微笑み。
スッと立ち上がると、男は私の目の前に近づいた。
「……違う」
「えっ?」
「いや。わざわざ他人の喧嘩に足突っ込むような女の子なんていないからさ、あの人かと思ったけど」
男は制服の内ポケットから眼鏡を取り出して恭しくかける。
「……違ったみたいだ」
一瞬の声色の変化に胸が締め付けられそうになった。
「あの人?」
「なんでもないですけど。ところで一緒に行きます?」
「どこに?」
私は名前すら知らない男に引かれ始めていた。
天性の雰囲気というのだろうか。
声一つさえも。
「マスターの喫茶店。つまんないことがあったとき、あそこの珈琲が一番効きますよ」
本当に彼は高校生なのだろうか。
私といくつかしか違わないのだろうか。
別次元の人間にしか見えない。
「行きます」
昨日のことが頭に浮かんだ。
つまんないこと?
ばかね、私って。
「私は胡桃って言います。あなたは……?」
遅すぎる質問だ。
男は傘を差さずに歩き出しながら答えた。
「久谷ハル。ハルと呼んでください」
学校帰りに、初めて喧嘩ってものを見た。
高校生同士だろうか。
細身の男の方が殴られている。
傘を差したまま、ぼーっと眺める。
バシャバシャ。
足音を隠さない水が跳ねる。
ガン。
あ、入った。
素人目にもわかる一撃に男の一人が路地裏に倒れた。
それを見て他の連中が去っていく。
満足したように。
見えなくなるまで彼らを見送る。
それからゆっくりとそこに近づく。
灰色の世界で目立つ黒。
片膝立てて口元を袖で拭う。
「あーあ……切れた。サイアク」
雨の雫か涙か。
濡れた顔の危うさに直視ができない。
「あの……」
声が掠れた。
だってしたことがない。
初対面の男に声をかけるなんて。
小さな顔が此方を見上げる。
うわ……
綺麗。
余りに整った目鼻立ちに心臓が早打つ。
「なんでしょう?」
全くからだの痛みなんてないような余裕ある微笑み。
スッと立ち上がると、男は私の目の前に近づいた。
「……違う」
「えっ?」
「いや。わざわざ他人の喧嘩に足突っ込むような女の子なんていないからさ、あの人かと思ったけど」
男は制服の内ポケットから眼鏡を取り出して恭しくかける。
「……違ったみたいだ」
一瞬の声色の変化に胸が締め付けられそうになった。
「あの人?」
「なんでもないですけど。ところで一緒に行きます?」
「どこに?」
私は名前すら知らない男に引かれ始めていた。
天性の雰囲気というのだろうか。
声一つさえも。
「マスターの喫茶店。つまんないことがあったとき、あそこの珈琲が一番効きますよ」
本当に彼は高校生なのだろうか。
私といくつかしか違わないのだろうか。
別次元の人間にしか見えない。
「行きます」
昨日のことが頭に浮かんだ。
つまんないこと?
ばかね、私って。
「私は胡桃って言います。あなたは……?」
遅すぎる質問だ。
男は傘を差さずに歩き出しながら答えた。
「久谷ハル。ハルと呼んでください」

