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道化師は啼かない
第6章 不協和音
 私は脳内で映像化しながら聞いていた。
 竹刀を持って他人が襲ってきたらそれはそれは怖いなと思いながら。
「でも……それじゃ、負けちゃうじゃない?」
「そこですよ。剣道経験者は竹刀を握ったこともない素人に対して勝負を考えたりすると思います? 絶対にしない。相手と自分とは別次元にいるんです」
 言い切るように。
 では、彼は私とは異なるどんな次元で生きているんだろう。
 想像よりも饒舌な一面に私は彼という存在自体に興味が湧いた。
「なに? 難しいはなし?」
 ひょこんと二人の間に顔を出した蕗に飛び上がってしまった。
「姉さん、大きいくせにびびりすぎ」
「びっくりするわよ、いきなり現れたらっ」
 ふふふ、と得意げに笑う蕗を抱き上げて膝に乗せる。
 背中を反らせてこちらを見上げる姿は理想の弟みたいだった。
「可愛い……」
「ボクが?」
 つい口に出てしまっていた。
 焦ってごまかす。
「ねえねえ、姉さんたまにここに来てよ」
「それはいいですね。蕗の保護者になってくれると助かりますし」
「そうだな。俺もハルもよく不在になる、し」
 とんとんと決められていくことに戸惑う。
「そ、そんな。私なんかが……」
「けってーい! 姉さんは今日からボクらの姉さん!」
 ぎゅっと抱き着いてきた蕗を何とも言えない感情で抱きしめ返す。
 ハルは目を細めてそれを眺めた。
「僕らの姉さん、ね。無理があるけど」
「まだ中学二年ですもの」
「そうなのか?」
 注いだコーヒーを持ってきたマスターが声を上げる。
「じゃあ……ハルがここに来たときと同じくらいだな」
「え?」
「僕はもう少し小さかったですよ」
 急に表情が消えたハルにぞくりとする。
 過去を浮かべる紫色の目には闇が渦巻いていた。
 誰しも人には計り知れない過去がある。
 私は家族を思いながら俯いた。
 蕗の背中をぽんぽんと撫でながら。

 それから私は学校帰りや土曜の部活のあとにその喫茶店に行くようになった。
 おそらくそこの初めての常連だろう。
 大抵は蕗一人で漫画を読んでいることが多く、私が週刊物などをお土産に持っていくとすごく喜んでくれた。
 お金はまだ持たされないらしく自分では買いに行けないのだと読み古した漫画を指さしながら言っていたからだ。
 もちろん私の小遣いも厳しいが。
 この笑顔は代価には十分すぎた。
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