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道化師は啼かない
第6章 不協和音
あれから家の中の空気は一変した。
それが私の喫茶店に居つく理由であるが。
唯は父親を無視するようになり、母はそれに対する父の不機嫌におびえるように気が小さくなり、ヒューも滅多に家に帰ってこなくなった。
はたから見てもわかる大変化だったようで、私はたまに隣人の目線を感じそのたびに耳をふさいだ。
けれど不思議だった。
なんで、みんな今が異常だと口を揃えるのだろう。
私にいわせれば、今までこそが異常だったんだ。
私が無知だっただけじゃない。
互いが互いに本心をうまく偽りでコーティングしてポーカーフェイスという名の笑顔を張り付けてにこにこ。
そんな団らんだったんだ。
あれは。
最近よく指が震える。
なんでかはわからない。
鉛筆の線がぐにゃぐにゃ歪んでいるのを見て初めて気づくのだ。
唯もこうなのだろうか。
何をするにもシンクロしていた双子の唯。
違いは髪質くらいだった。
私はカールがかった茶髪で、唯はストレートの黒髪。
それだけのはずだったのに。
「お姉ちゃん……はいっていい?」
「だめ」
今もノートを持ってたまに仮面を付けた唯が来る。
毎回私は拒絶した。
それを受け入れてしまえば、またあの気が狂いそうなほどの温い家族に戻る気がして。
肩を落として寂しそうに去っていく唯に罪悪感が芽生えないかといったらうそになるが、私はどこかで家庭科を壊した父と唯に憎しみを持っていた。
母は犠牲者だ。
ひたすらにこの過程の闇を隠して耐えてきた犠牲者だ。
じゃあ……私は。
私はどっち。
「今日は蕗はいませんよ」
喫茶店の扉を開くと黒い見慣れないスーツを着たハルが待っていた。
一目でわかる。
今日は、特別だって。
彼の目が。
彼の空気が。
彼の物憂げな仕草がそれを告げていた。
「ハルも、出かけるの?」
「ええ」
「マスターからの仕事とかいうやつ?」
漠然と聞いた関係性。
ハルは眼鏡を押し上げながら首を振った。
「……今日は僕は人探しに行ってくるんですよ」
「人、探し」
「ええ」
誰。
そう尋ねることはタブーに思えた。