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道化師は啼かない
第6章 不協和音
「蕗も人探し?」
 私の質問は彼にどう聞こえたのだろう。
 何かに弾かれたように顔をあげ、私を見つめた。
 すぐにいつもの穏やかな彼に戻る。
「いえ。いや、そうも言えるかもしれませんね。蕗もまた、仕事の中で何かを探しているのかもしれない……あの歳にして自分からあんなことに手を染める真意なんてマスターにすら計り知れない。笑いながら虫を殺す子供のそれに近しいようで、遠いようで」
 ほぼ独り言のように呟き、ハルは壁にかけてあった鍵を投げて寄越した。
 巧く受け取ったそれが手の中で涼しい音を散らす。
「店番よろしく、姉さん」
「妹、のが正しくない?」
「でも妹って言葉、その存在自体嫌いでしょ」
 びくりと脊髄が疼いた。
 ハルはどこまでの意味を含ませたのだろう。
 家族の話は一切していない。
 けれど、その眼はすべて見抜いているようだった。
「べ、つに」
「そうですか」
 話を切り上げるようにそう言うと彼は出て行った。
 カランカラン……
 ああ。
 一人。
 一人だ。
 買ってきたプリンを冷蔵庫に仕舞う。
 漫画の新刊は棚に並べた。
 その背表紙を指でなぞる。
 日に焼けた古いものから私が買ってきたものに目線が移っていく。
 もうそろそろ、新しいものの数が上回る。
 色鮮やかな漫画で。
 過去を照らすように。
 蕗。
 孤児になった経緯はどんなだったの。
 小学生低学年の貴方が仕事といって何をしているの。
 一時はマスターを人身売買の類かと疑いもした。
 けど、ハルと蕗の態度を見ているとどうもそうには思えなかった。
 仕事。
 仕事かあ。
 カウンターに腕を突いて顔をうずめる。
 セーラー服からはほんのり汗の匂いがした。
 暖かい日差しを腕の隙間から眺めているうちに瞼を支える力がなくなった。

「ただいまー」
 目が覚めたのはその声がしたから。
「蕗っ? おか……」
 薄暗い店内に現れたその姿に私は言葉を失った。
 お気に入りだというオーバーを脱いだ華奢な体についた赤い汚れ。
「姉さん待ってたんだ」
「どしたの、それ」
 震える声で問いながら濡れタオルを持って駆け寄る。
 近づくとすぐに血だとわかった。
 まだ、乾いてない。
「だれがやったのっ?」
 衝動的に叫んでいた。
 細い肩を掴んで。
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