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道化師は啼かない
第6章 不協和音
誰が。
誰が私の弟を傷つけたの。
なんてやつ。
ひどいやつ。
怒りが脳を満たしていく。
こんな、幼い子を。
どこの下衆が。
ポンと蕗が私の手の上に手を乗せる。
「心配しないで。ボクのじゃないから」
そう、にっこり笑って少し恥ずかしそうに言った。
無邪気に。
可愛いって思わされたあの笑みで。
世界が色を失っていった。
私が塗ろうとしていた鮮やかな絵の具が全部黒に潰されていく。
そんな絶望が駆け走った。
力なく手を下す。
「どういう、こと」
蕗はタオルで顔を拭った。
赤く染まったそれで首や腕もきれいにしていく。
慣れているそぶりだった。
箸の持ち方だってたどたどしい蕗と同一人物には思えなかった。
「んー。でもまだマスターが仕事を教えちゃダメって言ったからさ」
秘密を親に問い詰められて困った子供みたいな顔をして。
私は無言で蕗の背中の汚れを拭った。
蕗の髪の色みたいに白くなっていく服と汚れていく布。
なにかを綺麗にするにはなにかを汚さなきゃいけない。
そんな言葉が頭を掠めた。
「……痛くない?」
「え? うん。今回は怪我しなかったし」
「じゃあ怪我することもあるんだ」
「まあね。でもほら、ボクくらいの歳だとすぐ骨も繋がるっていうでしょ。だから全然平気」
「そう……」
何を言えばいいんだろう。
何で学校じゃこういうこと教えてくれないのかな。
今は手の中にいる蕗がどんどん遠くに行くような寒気が止まらなかった。
「胡桃姉ちゃん」
蕗の声にはっとする。
「な、なに?」
「手、すごい震えてるよ」
小さな指が私の手をなぞったときにザワリと嫌な不安が心を抉った。
ぎゅっと少年を抱きしめる。
「どしたのっ?」
驚いた蕗がじたばたするが、すぐに私を抱きしめ返した。
初めの日と逆。
チュッ。
耳にあたった感触にバッと体を離す。
「震え止まった? 人って驚いたら不安を忘れるんだって」
また外見に似合わないことを言うのね。
私はたぶん真っ赤になって耳を押さえていたんだろう。
唇を舐める少年に右往左往。
七つも年下相手に。
なんてザマ。
でも、どこかで嬉しがってる自分。
「止まったよ。お返しにプリンあげる」
「ホント!? 喉乾いてるんだよーっ。ジュースもある?」
「あるわ」
「やったね!」
誰が私の弟を傷つけたの。
なんてやつ。
ひどいやつ。
怒りが脳を満たしていく。
こんな、幼い子を。
どこの下衆が。
ポンと蕗が私の手の上に手を乗せる。
「心配しないで。ボクのじゃないから」
そう、にっこり笑って少し恥ずかしそうに言った。
無邪気に。
可愛いって思わされたあの笑みで。
世界が色を失っていった。
私が塗ろうとしていた鮮やかな絵の具が全部黒に潰されていく。
そんな絶望が駆け走った。
力なく手を下す。
「どういう、こと」
蕗はタオルで顔を拭った。
赤く染まったそれで首や腕もきれいにしていく。
慣れているそぶりだった。
箸の持ち方だってたどたどしい蕗と同一人物には思えなかった。
「んー。でもまだマスターが仕事を教えちゃダメって言ったからさ」
秘密を親に問い詰められて困った子供みたいな顔をして。
私は無言で蕗の背中の汚れを拭った。
蕗の髪の色みたいに白くなっていく服と汚れていく布。
なにかを綺麗にするにはなにかを汚さなきゃいけない。
そんな言葉が頭を掠めた。
「……痛くない?」
「え? うん。今回は怪我しなかったし」
「じゃあ怪我することもあるんだ」
「まあね。でもほら、ボクくらいの歳だとすぐ骨も繋がるっていうでしょ。だから全然平気」
「そう……」
何を言えばいいんだろう。
何で学校じゃこういうこと教えてくれないのかな。
今は手の中にいる蕗がどんどん遠くに行くような寒気が止まらなかった。
「胡桃姉ちゃん」
蕗の声にはっとする。
「な、なに?」
「手、すごい震えてるよ」
小さな指が私の手をなぞったときにザワリと嫌な不安が心を抉った。
ぎゅっと少年を抱きしめる。
「どしたのっ?」
驚いた蕗がじたばたするが、すぐに私を抱きしめ返した。
初めの日と逆。
チュッ。
耳にあたった感触にバッと体を離す。
「震え止まった? 人って驚いたら不安を忘れるんだって」
また外見に似合わないことを言うのね。
私はたぶん真っ赤になって耳を押さえていたんだろう。
唇を舐める少年に右往左往。
七つも年下相手に。
なんてザマ。
でも、どこかで嬉しがってる自分。
「止まったよ。お返しにプリンあげる」
「ホント!? 喉乾いてるんだよーっ。ジュースもある?」
「あるわ」
「やったね!」