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道化師は啼かない
第6章 不協和音
壊れた棚の残骸をひょいとよけながら少年が私の元にやってくる。
ハルは入れ替わりに出て行った。
「ボクお姉ちゃんの役に立った?」
私を絶望の底に突き落とすには十分すぎる無垢な問い。
「ボクの父さんみたいに最低なおじさんだったんでしょ? それを消すのがボクの仕事だから。お姉ちゃんが好きだから、悩みをなくしてあげたかったから。だから」
それ以上は聞けなかった。
嗚咽に呑まれて吐くように泣き咽ぶ。
泣いても泣いても意味なんてないのに。
いったい私は何を望んだんだろう。
こうして一番大切な存在に殺人罪を負わせて。
いったい何を。
家族を代償に。
「話がある」
マスターの声がした。
「喫茶店を私が?」
少し落ち着いて話を整理する。
「今回は異例でね。半年の仲の君にはハル一人を雇うお金もないことくらいは知っている。生命保険を全部使っても足りないほどだ。だから交換条件で、これからあの喫茶店の経営を君に任せたくてね。とはいっても知ってのとおり客なんて一切こない。だからあそこに住み続けることが条件といった方が早いかな」
「もちろんそこには口止めと監視も入っているんですけどね」
申し訳なさげに言うハルとマスターに挟まれて椅子に座っている。
いつも食事をしていたリビングの椅子に。
母と父の遺体を見ながら。
庭では唯も倒れているんだと思い知らされながら。
震えは止まっても寒気で凍死しそうだった。
「だからとりあえず十年は自殺は許さない」
一際重い声でマスターが言った。
「なんで、わかったんですか」
「こんなやり方で残酷な依頼をして心が痛いけどね、家族の死を忘れるような人間はいくら友人でもそばには置けない」
この光景を覚えておきなさい。
そう警告されている気がした。
「はい」
それ以外に返事の選択肢があったんだろうか。
私に。