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道化師は啼かない
第6章 不協和音
 晴れた。
 アーケードから出て雲間から差し込む陽光に目を庇いながら歩いていると、後ろから猫の鳴き声がした。
 蕗は数歩ほどしてから立ち止まる。
 脛のあたりに体を擦り付けてくる黒猫。
「なーに、ヘレン?」
 ハルの飼い猫ヘレンは余程嗅覚に優れているのか、もしくは自分が町内の限られた区域しか行動していないせいか、ふと現れてはこうしてすり寄ってくる。
 昔家で飼っていた猫にどことなく似ている。
 だからいつも惜しみなく顎を掻いてやる。
 ゴロゴロと喉を鳴らしながら目を瞑るヘレンを見ているとこれからの仕事が非現実に思えて仕方がなかった。
 しばらくすると移り気な猫はどこかへ行ってしまうが、その気配は近くに感じた。
 胡桃姉さんも猫を飼っていたっけ。
 黒猫。
 ヒューイって名前の。
 過去が波となって襲い掛かってくる前に思考を停止する。
 信号で立ち止まると、向こう岸のショウウィンドーに映る自分が見えた。
 真っ白な髪。
 やっぱ目立つよな、これ。
 毛先を引っ張りながら首をかしげる。
 けどそれ以上見ていられなかった。
 渡ろうとしていた道から逸れて青の光のほうに走る。
 まだ、ショーウィンドーの中から手を振ってくる父が見えた気がした。
 焦点がぶれる。
 いやだいやだ。
 段々と父に似てくるこの顔がいやだ。
 蕗はビル壁に手をついて深呼吸をした。
 だからやなんだ。
 昼の仕事は。
 そこら中に鏡がある。

 ふうっと息を吐いてから目的の家を見つける。
 二階建て一軒家。
 依頼人はここに住む初老の女性。
 再婚した夫に日々受ける暴力で命の危険を感じ離婚調停をするも家に居座ることをやめない夫に耐えられなくなった。
 長年の貯金をこのまま仕事をしない居候に食いつぶされるくらいならと一千万の依頼金を身を切って出してきたという。
 資料を読みながら父と母がダブった。
 けど、この依頼主はまだまし。
 母は自分を捨てて出て行ったのだから。
 あの父の元に六歳の自分を残して。
 そのあと何が起こるなんてわかりきっていたはずなのに。
 蕗は体が怒りに震えるのを感じた。
 前からそうだ。
 仕事の前にはターゲットに父を重ねて極限まで憎む。
 そうでなきゃ、足が竦んでしまうから。
 ハルと違って子供の自分は理由なんて単純のほうがいい。
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