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道化師は啼かない
第6章 不協和音
 男の今にも絶えそうな荒い息遣いと空いた窓から吹きすさぶ風の音だけが聞こえる。
「て、め……なんなんだ……一体」
 剃ってない髭は無様に顔を覆い、動いてない体は無駄な肉ばかりついて海岸で朽ちていく巨木に似てる。
 いや、巨木のほうがまだ綺麗な分好い。
「ボクは蕗。もしくはシロ。あんたを殺せって依頼された見ての通りの人間」
 血が飛び散らないように刺すやり方は三年前に覚えたからナイフだけが赤い。
 ポケットからよれよれのタオルを取り出して拭う。
「殺し……屋?」
 男がこれ以上ないほど目を見開く。
 そりゃ信じられなくてふつう。
 そう思いながら男に歩み寄る。
 歳は五十前半。
 体力はあれど瞬発性は皆無。
 淀んだ目から人に対する想いってものが全く感じられない。
 なんでこの人種ってみんなこんな目なんだろう。
 自分の瞼に触れる。

 ボクもなりかけてる。

 男は逃げようとして体が全く動かないことに困惑した。
 肩、腿、頭を負傷すると体は途端に無力になる。
「今からおじさんは死ぬほど痛いことされるけど、今のうちに言うことがあったらなんでもどーぞ」
「依頼人は誰だっ」
 あれ。
 意外に元気。
 蕗はクスクス笑う。
「思い当たりがないなんて余程無駄な人生過ごしてたんだね」
「クソガキが……それさえなければお前みたいなガキすぐやれるんだからなっ」
 蕗の手元のナイフを指さす。
 それを聞いて蕗は頷き、男の服に手をかけた。
「なっ、触るんじゃねえ」
 ナイフでズボンの側面を裂いて引きずるように脱がせる。
「これで何回泣かせたんだか……」
「はっぐ……」
 男の股間を容赦なく踏みつけ、起き上がれないように首元に切っ先をつける。
 喉仏の振動が腕に伝わってきた。
「なにしやがる……」
 噛みつかんばかりの目で睨み付けるが、いつ切れるかわからない恐怖からか随分声量が小さくなった。
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