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道化師は啼かない
第7章 人形はどちら
 どこか足取りの軽い自分は狂っているのかもしれない。
 ハルは靴先を見落として自嘲気味に口を歪めた。
 アリスに彼女が憑いていたのは今まで何回あったんだろう。
 彼女も性質が悪い。
 死に間際にふっと現れては深い後悔を刻ませて去っていくのだ。
 少女の目が紫に浸る瞬間の喪失感は官能に近い。
 全身の神経が波打ち、その瞳の向こうに亡き彼女が威風堂々と佇んでいるのを奇跡を目撃した高揚感で見つめる。
 決して触れられない場所に姉がいる。
 それでもその命の左右は自分が握っている。
 その背徳的快感は言い知れない。
 ターゲットの性器を切り刻んでから殺す蕗よりも悪趣味かもしれないな。
 幼いころから姉に抱いてきた感情はおそらく世間が枠外だと排除する一種。
 不謹慎な近親相姦。
「ハルだー。って……げ!」
 いつものように声をかけてきた蕗がハルの後ろを歩く直樹を見つけてあからさまに飛び上がった。
 すぐに手を背中に伸ばす。
 武器があるであろうそこに。
「ハル~。雨降りそうじゃね? って、あ! クソガキ」
「誰がクソガキだよ。専門外だけどあの時の例も含めて殺してあげようか」
「いいのか? お前は中年が対象だけどオレはお前くらいのも対象内だぜ?」
 直樹もワイヤーを手首に絡ませ、火花を散らす。
 そんな二人を視界に入れることもなくハルは歩き続けた。
「ちょ、ちょっと!」
「説明してよハル! なんでここにろくでなしの屑野郎がいるのさ」
 焦って追いかけてくる二人を一瞥する。
「勝手に僕の家に棲みついただけだよ。あと蕗、怪我してない? こいつろくでなしだからね」
「おいおいっ」
「それなんだけど聞いてよっ、足捻挫したんだよ!」
「お前みたいなガキになんにもしてねえよっ。見え透いた嘘つくな。オレは軟禁しただけじゃねえか。そ、そんな目で見んな!」
 ヘレンが鳴きながら駆けていく。
 構ってられないだろうな。
 僕だって逃げ出したい。

 ハルはヘレンの後ろ姿が路地に消えるまで眼鏡を押し上げながら見送ってから足を止めた。
 後ろの二人がつんのめる様に止まる。
「あのさ」
「なーに」
「なんだよっ」
 力が抜ける。
 ふ、と笑いが漏れてから流れ出した。
「あははははっ」
「ふふ、ふはははっ。あー、おかしー」
「何笑ってんだよ、お前らっ」
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