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道化師は啼かない
第7章 人形はどちら
 扉が開いたのは、いつだっけ。
 鉄パイプを持ったハルが、たくさんの痣をつくったハルがそこにいた。
 何回殴られたのか、鼻血を拭いながら。
 喧嘩、したことなかったはずなのに。
「この……ガキが!」
 自分より二倍近い体格の男たちに無表情のままパイプを振りかぶって。
 何かが砕ける音がしてた。
 ぼやけた視界で、ハルがただひたすらに暴れていた。
 止めなきゃ。
 漠然とそれが義務だと思った。
 弟が、人を殺そうとしている。
 それを止めるのに理由が要ろうか。
 正しさが必要だろうか。
 マキは腿を伝う液体に吐き気がしながらも這って弟の元に行こうとした。
 その最中に一人の男がマキを見つけて髪を引っ張り上げた。
「逃げれると思ってんのか、クソアマ!」
「それはおじさんこそ」
 男の頬に鉄の塊がめり込む。
 倒れた影を追ってハルが姉を飛び越えた。
 血のついたパイプを握って。
「ハル、だめっ!」
 もう部屋で意識のある男はそいつが最期だった。
 周りを見回して、マキは血の気が引いた。
 これを、ハルが?
 叫んでもハルは止まらなかった。
 だから、二人の間に割って入ったんだ。
 その瞬間頭を強打して、倒れた。
「お、まえ……狂ってやがる」
 もう立ち上がれない男の声が聞こえた。
 ハルはパイプを投げ出し、倒れたマキの上に乗ると幼い手で彼女の頬を包んだ。
 優しく。
「ごめんね。姉さん」
 何に対して?
 紅い筋を残しながら指が下にさがっていく。
 首の方に。
 姉はそのとき、お腹に当たる弟の性器を感じた。
 勃起して熱をもった性器を。
 そっと彼の両手を掴む。
 決して彼には動かせないように。
 いつから。
 手遅れになったのはいつから。
 これ以上、罪を増やさせちゃ……
 大好きだから。
 唯一の家族だと思っていたから。
 これは、あんたを守るため。
 マキは自分の意志でただ、十数センチ弟の手を動かした。
 それで、十分だった。
 響いた音が最期に自分の耳で聞いた音。
 絶命する音。

「ハルは覚えてないだろうね。正気じゃなかったから。あたしずっと、これを伝えたくて……やっと、やっと……あんたを捕まえて言えた」
 ハルとイスズはボロボロ泣く彼女に掛ける言葉が見つからなかった。
 その涙が途中から麗奈のものになったのも気づかずに。
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