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ピアノ
第2章 恋
幸一はその話が本当かどうかなど考えもしなかった。ただ、自分の先生がどんな形であれ、褒められたことだけで嬉しかった。
だから、啓子に憧れ、「僕も先生みたいにピアノが上手くなりたい」と思う幸一にとっては、叱られると、「もっと練習しなくちゃいけないんだ」と単純に考えていた。
苛めを感じない幸一に啓子が次にしたことは邪魔をすることだった。
彼が演奏している途中で「ちょっと、ごめんなさいね」 と言って、わざわざ彼の肩に手を掛けて楽譜の位置を直したりした。しかし、自宅で何度も弾いているから、楽譜なんか全て頭に入っている。そんなことでは彼がリズムを崩すことは出来ない。
もっと上手くなりたい!彼の強い気持ちをひしひしと感じた啓子は、こんなことをしている自分が恥ずかしくなった。
練習は裏切らない。彼の技量はみるみる上がり、秋にはかなりのレベルになっていた。
背丈は自分より少し大きいくらいで、華奢な体。指なんか女の子みたいに細くて長いのに、オーラがあって、凄い。ぐいぐい引き込まれる。
あの時、「腕はいいけど、体に迫力がない」と言われたのは、このことだったのかしら……
啓子は幸一を見ていると、自分がプロになれなかった理由が分かってきた。やがて、幸一の音楽に対する情熱は啓子の荒んだ心を癒していった。
そして、「なれる。きっとプロになれる。いや、何としても彼の夢をかなえてあげる。そのためなら何でもしてあげたい!」という気持ちに変わっていた。