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地味子が官能小説を書いたら
第5章 傷心
ようやく気持ちが落ち着き、私は声を出せるようになった。


「ごめん、ちょっと洗面所借りるね」


呆然とする文剛を残し、私はセーターと眼鏡を持って洗面所へと駆け込んだ。

セーターを着て、服の乱れを直し、顔を洗う。髪を手櫛で整えると眼鏡をかけてリビングへ戻った。


「か、花音ちゃん、その……僕、つい……」

文剛に声をかけられると、また涙がこぼれそうな気がした。


「ごめんなさい、今日は帰る。また学校でね」


なんとか、それだけ告げると荷物を持って玄関へ向かう。

「あ、待って、花音ちゃん」文剛の声が背中越しにしたが、振り切って部屋を出た。


マンションを出ると、外はもう太陽が西に傾いている。この季節、西日は結構な日差しがある。陽の光が目に染みた。

速足で駅に向かいながら、必死で涙がこぼれそうになるのを堪える。





今日、ずっと楽しくて、幸せな気分だった。

名前で呼び合うようになった。

腕を組んだ。

私の小説が好きだと言ってもらった。

プレゼントを貰った。

(あ、ペンダントをおいたまま出ちゃった)


初めてのキスも経験した。

あのまま、初体験を済ませても何の問題もなかった。


なのに、私が台無しにした。

やはり、どこかで覚悟が足りなかったのだ、他に好きな人がいる男の子を好きになって関係を結ぶことが、どういうことか、どれだけ苦しいか、理解しきれていなかった。


きっと、今ごろ文剛はあきれているだろう。


ちゃんと文剛は確認したのだ、『自分には他に好きな人がいるけど良いのか?』と。

それに対し、私は『分かっているから言うな』と答えた。それは『OK』というサインだ。

だから、文剛はキスから先を進めたのだ。

文剛に何の落ち度もない。

なのに、寸前で止めさせ、さらに泣きわめいて……なんて女だろう。

なんて身勝手なのだろう、私は。


もう、自分を罵倒する気にもなれなかった。



朝、浮ついた気持ちで乗ってきた電車を、私は今、沈んだ気持ちで引き返している。


(方向が違うんだし、当たり前か……)


油断すると、口元がプルプル震えてきて、また涙がにじむ。

まずい、考えないようにしないと。


そうだ、小説の続きを下書きしよう。


私は、スマホの画面に指を滑らせた。





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